阪本公一
今西錦司さんの影響を受けたのか、還暦をすぎてから、積雪期のヤブ山縦走に魅せられてしまった。1,000メートルにもみたない低山ながら、複雑に支尾根が発達し且つ見通しがきかないので、樹林の山旅はルート・ファインデイングが大変難しい。そんなヤブ山が雪に埋まったとき、山毛欅や落葉樹の中の、静かな誰のトレースもない雪の尾根を歩くとき、私の心はなぜか躍る。
私は若い時から、東北マタギが雪山を自由に飛びまわるような、そんな山登りをしたいと憧れてきた。第一線で活躍するアルピニストからすれば、なんと泥臭い刺激のない山歩きかと笑われるかも知れない。でも、もうすぐ65歳に手の届く年寄りの私が、登山者が見向きもしない忘れられた積雪期の樹林の山を、自分自身で企画し、テントを担いで親しい信頼できる山仲間と何日も歩きまわれる楽しさを味わう事が出来るのは、私にとって素晴らしい喜びだ。原眞氏の言う「自分本位の山、面白い山登り」を実践できることに、感謝している今日この頃である。
福井県、滋賀県、京都府にまたがるヤブ山の積雪期縦走をはじめてから、今年で4年目。最初の年は、マキノ・スキー場から、寒風山、三国山を越えて乗鞍岳まで縦走し敦賀国際スキー場へ下山。翌年は、野坂岳から若越国境尾根を南下して三国山、赤坂山まで縦走しマキノ・スキー場へ。昨年は、マキノ・スキー場から粟柄越に登り、寒風山、大谷山、大御影山、三重嶽を経て武奈ヶ嶽までの湖北中央部の尾根を5日間かけて縦走して角川に下山した。
4年目の今年は、京大演習林のある由良川源流の分水嶺を、生杉からクチクボ峠に登り、三国峠、地蔵峠、三国岳、小野村割岳を経て佐々里峠まで縦走して広河原に下山する、実働4日・予備2日、合計6日間の縦走計画である。
メンバーは、AACKの堀内潭さん、山田睦郎さんと私の3名。主稜線から幾つもの支尾根がでていて極めて複雑な地形なので、昨年11月から12月にかけて、4回にわけて偵察した。又、深い湿雪のラッセルを毎日続ける体力作りのトレーニングの為に、1月30日から2月1日までの3日間かけて蛇谷山より打見山までの比良山縦走を行った。ちょうど日本列島が寒波に襲われた時で、比良山も北アルプスの稜線なみの風雪厳しい状態での
トレーニング山行であった。
天気予報では、あまりかんばしい天候ではなさそうだが、予定通り2月14日より出発した。
2月14日(月): 晴れ時々曇り。
JR 京都駅発/7:06 安曇川駅着/7:57,
江若バス 安曇川駅発/8:02 朽木学校前/8:30,
朽木村営バス 朽木学校前発/8:37 生杉着/9:30。
生杉/9:40 - 若走路谷出合/10:20 - クチクボ峠/12:15 - 三国峠775.9m/13:20 - 地蔵峠/15:52。
生杉の部落で積雪は1.5mくらい。村の老人に出会い立ち話をした。雪が深いので若い人達は都会に仕事を持ち、冬場は生杉には13世帯しか住んでいないとのこと。
若走路谷の夏道は途中から滝を巻くように大きなトラバースをしているが、深い積雪ではトラバースは危険なので、クチクボ峠までずっと沢沿いに登った。谷水がかなりでており、1.5-2.0mの雪壁の溝がかなり上部までつづいていた。1ヶ所滑滝を直登、他の二つの大きな滝は巻いた。滝を越えると、峠は直ぐだった。クチクボ峠からは2m前後の積雪。ヤブは殆ど埋まっており、歩きやすかったが膝までのラッセル。三国峠からの稜線は尾根が複雑で登り降りが激しい。1ヶ所西の尾根に迷い込みかけたが、偵察時のテープ等に助けられ主稜線に戻った。三国峠から幾つもの小山を超えねばならず結構しんどかった。地蔵峠の林道に幕営。
2月15日(火): 晴れ後曇り。
地蔵峠/6:50 - P818m/10:00 - 三国岳959m/14:20。
地蔵峠の林道から急斜面を登る。膝から腿までのラッセルだが、主稜線にでると雪がしまりラッセルは少しましになった。P818mあたりより、立派な山毛欅と杉の大木が現れ始める。重荷にあえぎながら、膝くらいのラッセルで樹林の中の尾根を登ったり降りたり。樹林で視界がきかないので、油断をすると直ぐに間違った尾根に入り込みそうになる。
経ヶ岳から来る尾根とのジャンクションになる三国境から傾斜のきつい雪面を登ると、三国岳の頂上だ。三国岳のピークからの下りもややこしい。荷物を置いて、手分けして偵察。堀内さんが偵察してくれた南南東に伸びる一番急な細いヤセ尾根が、主稜線なることを確認。その間に、阪本が北西に伸びる広い尾根を少し下り、樹林帯の中に幕営適地を見つけ、少し早いがそこに幕営することにした。午後6時頃より、小雨が降り始めた。
2月16日(水): 終日雨。停滞。
前夜から降り続いた小雨は、全く止む気配なし。朝6時の天気予報でも、一日中雨との予報なので、停滞日とした。夜より風が強くなり、稜線はゴウゴウと鳴っていたが、樹林帯の中の我々のテント地はそよ風程度であった。
2月17日(木): 濃霧、風強し。9時頃より小雪。
三国岳/7:20 - P936m/8:55 - 天狗岳928mとのジャンクション・ピーク/10:50 - P921m/11:50 - P951m/14:15 - 小野村割岳の手前のコル/15:02。
小雨が降っていたが、テントを撤収する頃から風が強くなり、雨が止んだ。三国岳から南南東に伸びる細い尾根の主稜線を下る。一日半の長雨で雪は相当融け、しまっていてラッセルは余りない。しかし時々、倒木や埋もれたブッシュの枝のゴジラ落としに、腰から胸まで落ち込んだ。主稜線が複雑に曲がり、ルートを間違いやすい箇所が数カ所あるが、昨秋の偵察時の記憶とテープに助けられ、大きな間違いもせずに順調に進んだ。
小野村割岳より分水嶺主稜線は東西に伸びているが、日本海からの強い北西風をまともに受けるので、小野村割岳の手前の風の当たらない樹林の中のコルに幕営することにした。今日一日は、終日ワカン・アイゼン(6本爪)で歩いた。
2月18日(金): 晴れ後曇り。
CS/7:00 - 小野村割岳/7:20 - P832m/10:20 - P840m/11:20 - 佐々里峠/13:00 -
広河原/14:06。
京都バス 広河原発/14:30 - 北大路駅着/16:13。
昨夜から温度が下がり、テントの周りの雪も氷化していた。今日もワカン・アイゼンで歩くことにした。一昨日の雨をたっぷり吸った主稜線の雪は、カンカンに氷結しており、ワカン・アイゼンで無雪期なみに快調なペースで歩くことができた。P840mより主稜線は南に直角に曲がる。南北に連なる尾根になった主稜線は、日本海からの強い北西風に影響されなくなり、雪はもぐり始めた。夏道は、佐々里峠の手前300mくらいから主稜線をトラバースをしているが、トラバースは危険性が高いので、我々は膝くらいまでラッセルしながら主稜線を忠実に進んだ。
P832mの手前の肩から佐々里峠にでている急峻なヤセ尾根を、ヤブにつかまりながら強引に下降。佐々里峠より約200m東の林道に降り立った。
誰一人山中で出会わず、トレースの全くない静かな樹林の稜線を、自分たちでルートを見つけながら歩く楽しさは格別で、充実感100%の本当に素晴らしい山旅であった。