厳冬期京都北山最深部ヤブ山ワカン縦走
(2008年2月22−25日)
阪本公一
2008年2月22日から、実働4日・予備2日の予定で京都北山最深部のヤブ山ワカン縦走に出かけた。京都、滋賀、福井の低山ヤブ山の積雪期ラッセル縦走を始めて、今年で7回目。2005年2月14−18日に、由良川分水嶺の縦走を行ったが(生杉 - クチクボ峠 - 三国峠 - 地蔵峠 - 三国岳 - 小野村割岳 - 佐々里峠 - 広河原)、今回は佐々里峠からその延長線の尾根を歩き、一度佐々里村に降りてから再度西のハナノキ段山に登り知見口までの稜線を歩こうというもの。
北山最深部概念図
今回のメンバーは昨年と同様堀内潭さん(1960年入部)、岡部光彦さん(66歳、元京都山岳会、2006年にカラコルムのビアフォー氷河・ヒスパー氷河のトレッキングに一緒に行った仲間)と私(1960年入部)の3人。昨年2月に若丹国境尾根の八ヶ峰から頭巾山まで縦走したが、驚くほど雪が少なく殆ど無雪期と変わらぬような状態だった。今年は1月中旬頃から何度か雪が降り、特に2月に入ってからは京都市内でも近年にないほどの積雪量だったので、厳冬期らしい北山登山が楽しめるではと期待で胸がふくらんだ。
2月22日(金):晴れ。
広河原の積雪量は約140cm。今回は京都府警本部地域部地域課に登山届けを提出した。地域課から我が家に電話があり、下鴨署にも我々の登山届けの写しを転送しておいたので、広河原でも地元の民家か売店にでも連絡しておくようにとの連絡あり。広河原スキー場の横の下鴨警察署立寄所の看板を掲げた喫茶店兼レストランに立ちより、ここにも山行計画書を提出しようとしたが、「そんなもん置いておかれたら、困ります。私ら気になって仕方がない。あんたら自分の趣味で山に登りにいかはるのやから、勝手に好きなように楽しんできなはれ。私らには、関係ないことだす。」と喫茶店のおかみさんに突き放したように言われた。
スキー場の少し上の車止めの柵からは、全くトレースはなく、ここからワカンをつけて歩いた。湿雪の重たい雪と、入山初日の重荷(約20kg)にペースは上がらない。特に私は、昨秋の偵察時に痛めた右膝の筋肉炎症(ランナーズ・ニー)で1月中旬まで痛みがひどくてまともに歩けなかったので、慎重をきして仲間にもゆっくりと歩いて貰った。そのためか、予想外に佐々里峠までの車道歩きに時間をくってしまった。快晴のポカポカする早春の陽光をあびて汗を流しながら、雪景色を楽しみつつのんびりと歩いた。佐々里峠の石室は雪に埋まっておらず、西面の入り口から奥のお地蔵さんをおがむことが出来た。
佐々里峠からP866mまでは、登り下りの多い稜線だが、160~170cmの積雪でヤブは埋まっており、樹林の稜線を快適に歩くことが出来た。初日は品谷山から更に西のP642m近辺まで足をのばしておきたいと計画していたが、品谷山で既に4時半になってしまったので、無理をせず品谷山から少しおりた風のあたらない快適な窪地に幕営することにした。
「時間記録」
京都バス 7:50/出町柳発 - 9:46/広河原着。10:00/広河原 - 13:30/佐々里峠 - 15:30/P866m - 16:30/品谷山(880.7m) - 16:45/品谷山西の窪地(幕営)。
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佐々里峠石室のお地蔵さん
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佐々里峠
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品谷山頂上
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2月23日(土):曇り後昼頃より強い風雪。
昨日はウイスキーの水割りを飲み、7時頃から気持ちよく眠れた。4時半に起床。低山でも、雪山の早朝の出発は身が引きしまる。荷物は未だ軽くはなっていないが、P642mまでは、小さなアップ・ダウンのある下りだからラッセルもそれほどしんどくない。広い気持ちよい疎林の尾根がつづく。P642mは、ブナ、クヌギ、杉がまばらに入り交じった雑木林の広く明るい台地状のピーク。昨年秋の偵察時には、P642mから佐々里村におりる西尾根下部の杉林の倒木と尾根上のヤブで苦労したが、今回は十分な積雪で間伐した杉の枝もすっかり雪に埋まってしまって、非常に歩きやすかった。あっけない程、楽に佐々里村の車道おりることが出来た。尾根からおりて車道を約200m程歩くと、ログハウスの喫茶店とハリマ家という料理旅館。佐々里川沿いの除雪した車道を約30分歩くと、北桑田高校美山分校。学校の横のヤブ尾根に取っつく。この尾根はP631mからの東尾根で、昨秋に偵察済である。尾根の下部は痩せていてブッシュがそこそこあり、少しヤブ漕ぎをせねばならないが、それほどたいしたこともない。30分ほど痩せ尾根を登ると、尾根は扇状にひろがり、杉とブナの入り交じった傾斜のきつい広い尾根となる。ここからP631mまではそれほど高度差はないが、傾斜がきついので、結構しんどいラッセルの登りであった。
P631mの手前より、広い台地状の灌木林の尾根となるが、強烈な風雪が舞いだした。傾斜は割と緩い登りだか、強い風で吹き飛ばされそうになり、ストックで何度か耐風姿勢をとって立ち止まって、ラッセルをつづけた。昨秋の偵察時に見つけておいたハナノ木段山手前のコルに1時過ぎに到着。予定通り、ここを幕営地とした。吹きすさぶ吹雪だが、このテント地だけは風の影響をそれほど受けず、たいした苦労もせずにテントを設営することが出来た。でも、風が強かったので体感温度はマイナス10度ぐらいだっただろうか。
テントの中に入ると、一挙に身体が暖かくなり、違った世界にきたような気がする。吹雪の中でテントを設営して落ち着くと、時間は早いがやはりアルコールに手がでてしまう。昼頃から荒れ出した天気は夜半になってもおさまらず、一晩中ゴウゴウと強風が吹き荒れていた。幸いと我々のテントは、風のあたらない最高の窪地で、テントは殆ど強風の影響も受けなかった。でも、雪はふりつづいていたので、夜中も幾度か交代でテントの除雪をした。
「時間記録」
7:00/幕営地 - 9:00/P642m - 9:45/佐々里ハリマ家の約200m上流の車道 - 10:45/北桑田高校 美山分校 - P631m東尾根 - 12:00/P631m - 13:15/ハナノ木段山(703.8m) 手前のコル(幕営)。
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P642mへの快適な稜線
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佐々里村と鎮守の森
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風雪の中のP631mへの登り
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2月24日(日):風雪。
昨日からの強い風雪がおさまらないので、寝袋の中で待機。風が少し弱くなってきた7時頃に起床。朝食をすませ、取りあえずいけるとこまで足をのばすことにして、テントを撤収。昨日からの湿雪でテントはバリバリに凍っていた。ザックを幕営地に置いて、ハナノ木段山(703.8m)へ往復。空身の行動は楽だ。15分で、台地状のハナノ木段山頂上に到着。記念撮影をした後、すぐ幕営地に戻り、ザックを背負って主稜線を西の方向へ縦走。昨日から降った雪は30cm前後積もっており、新雪のラッセルは膝くらい。広い気持ちの良い樹林の尾根を黙々と歩く。樹林がまばらになったところは、北西の強風で氷化しているところあり。 相変わらずの強い風雪で、手がかじかむ。風雪が一向におさまる様子がないので、主稜線が北に直角に曲がる屈曲点を越えてすぐの風のあたらないコルで幕営することにした。強い風の中でテントを設営中、手袋をはめて握っていたテントのポールが滑り、尾根から谷の雪壁に落ちてしまった。ロープで確保して雪壁をおりて、雪に埋まったポールをなんとか回収することが出来たが、風雪で手のかじかむような時の尾根上でのテント設営には、十分注意せねばと反省。この日も雪は終日止まず。テントのファスナーが湿雪で凍結し、ファスナーが動かなくなるトラブルあり。素手でファスナーをマッサージしてやり、なんとか使用に出来るように修復した。吹雪や砂嵐が強い場合は、ファスナー使用のテントはリスクが多い。雪は休むことなく、翌朝まで降り続いた。ここまで来れば、相当の悪天でないかぎり、明日には下山できそう。予備の食糧2日分も手つかずに残っているので、気分的にも随分余裕がある。
「時間記録」
9:00/幕営地 - 9:15/ハナノ木段山(703.8m) - 9:25/幕営地 - 12:00/主稜線の北への屈曲点 - 12:15/幕営地。
ハナノ木段山頂上
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屈曲点への深いラッセル
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2月25日(月):雪後曇り。
昨日からの雪はいぜん止まず。風はあまりないので、予定通り出発する。前日からの新雪でラッセルは膝上くらい。P729mの登りは、急傾斜のしんどい登りだった。昨年秋の偵察時に、迷いそうな要所要所に、立木の枝上2m位のところに赤布テープをつけてきた。深雪に埋まってしまったテープもあったようだが、雪の間から僅かに顔をだしている赤布テープは、実に効果的な道しるべとなった。P729mの下りから、対岸のオークラノ尾(826.3m)の西尾根が見事な樹氷で飾られているのに感動。オークラノ尾西尾根と合流するジャンクション・ピークへの登りも傾斜のきつい疲れる登りだった。ジャンクション・ピークで久しぶりに太陽の光をおがむ。 P662mへの稜線は、ブッシュのしげった細い尾根がつづく。氷化しているところと、ゴジラ落としが混じっていて、神経が疲れる。広い台地状のP662mはユズリハの多いところ。だだっぴろいP662mの下部から左の尾根を下る。急傾斜の尾根は痩せていて氷化したり、ゴジラ落としがあったりして気が抜けない。高圧線の鉄塔をめがけて下る林の中の急傾面も、ゴジラ落としの多いいやな下りだった。尾根の末端より、河内谷の浅瀬をよって渡渉し、知見村の民家の畑の中をラッセルして車道にあがり今回の縦走は終わった。
「時間記録」
6:50/幕営地 - 7:30/P792m - 8:30/オークラノ尾(826.3m)西尾根とのジャンクション・ピ ーク - 10:15/P662m - 11:50/知見車道 - 12:15/知見口バス停。
3時前までバスがないので、周山からタクシーを呼んだ(\8,000.-)。周山から16:20発、JRバスで京都へ。
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P792mの下りより眺めたオーノクラ尾西尾根の樹氷
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P662mへ
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昨年秋に4回にわけて全ルートを歩いて、迷いやすそうな要所要所に赤布テープをつけて偵察をおこなったので今回は大きな道迷いはなかったが、ぶっつけ本番では、支尾根が複雑に発達した地形のややこしいこの北山を、これほどスムースに歩けなかったであろう。久しぶりの豪雪と、厳しい風雪だったが、厳冬期の北山のラッセル縦走を十二分に満喫出来る山行だった。
2002年から始めた低山ヤブ山の積雪期縦走は、7回目の今年も予定通り成功した。過去の足跡を振り返りながら、来年の冬はどこへ行こうかと夢を膨らませている。
1.2002年2月9〜11日:
マキノ・スキー場 - 粟柄峠 - 赤坂山 - 三国岳 - 乗鞍岳 - 敦賀国際スキー場
2.2003年1月11〜13日:
若越国境尾根縦走(野坂岳 - 三国岳 - 赤坂山 - 粟柄峠 - マキノ・スキー場)
3.2004年3月5〜9日:
湖北中央部ヤブ山縦走(マキノ・スキー場 - 粟柄峠 - 寒風山 - 大谷山 - 大御影山 -三重嶽 - 武奈ヶ嶽 - 角川)
4.2005年2月14〜18日:
由良川分水嶺縦走(生杉 - クチクボ峠 - 三国峠 - 地蔵峠 - 三国岳 - 小野村割岳 - 佐々里峠 - 広河原)
5.2006年2月21〜24日:
第1回若丹国境尾根縦走(生杉 - クチクボ峠 - 三国峠 - 八ヶ峰 - 八原)
6.2007年2月20〜23日:
第2回若丹国境尾根縦走(八原 - 八ヶ峰 - 頭巾山 - P835m - 福居)
7.2008年2月22〜25日:
北山最深部ヤブ山ワカン縦走(広河原 - 佐々里峠 - 品谷山 - 佐々里 - ハナノ木段山 - P792m - P662m - 知見口)
今西錦司さんの「自然と山と」という随筆の中にある「地元のヤブヤマ」という章に、次のような名文がある。
「地元のヤブ山くらいは、なんの雑作もなく歩けるのでなくては、おかしいはずだが、まだなかなかそうはゆかない。精通していない証拠であろう。それにしても、ヒマラヤの山でさえこのごろは、たいてい一度で成功しているのに、一度で成功できるとはかぎらない山登りが、こんな標高の低い地元の山にあるなんて、なんというおかしな、また考えようによっては、なんと恵まれたことだろう。これではいくつになっても、山登りから足が洗えそうにない。」
今西さんの文章に触発されて、低山ヤブ山の積雪期ラッセル縦走を始めたが、「よう、あんな低い薮山へ4日も5日もかけてラッセルに行きますね?」と笑われることが多い。しかし、地図を見ながら自分でルートを企画して、誰も行こうともしない、だれのトレースもない、積雪期の静かな忘れられた樹林のヤブ山をワカンで縦走する楽しさは、私にとってはヒマラヤやアンデスの山旅にも劣らない醍醐味である。今西さんの言葉ではないが、この面白さは足腰が立たなくなるまで止められそうにない。こんな地味で、泥臭く、しんどい山旅につきあってくれた山仲間に、心より感謝したい。