雪山讃歌と嬬恋村

AACK会員 永田 龍

2019年8月14日、AACKホームページに群馬県嬬恋村総合政策課から1通のメールが届いた。嬬恋村鹿沢温泉には雪山讃歌発祥の地を記念する碑が建立されているが、今回、その記念碑を移設することになり、それに併せて新たに案内看板を設置するという。メールには案内看板案が添付されており、それには雪山讃歌誕生の経緯が記るされている。メール本文には、その文章の確認と、合わせて掲載する当時の西堀栄三郎の写真の提供をAACKに依頼したいとの内容が書かれていた。

案内看板案の雪山讃歌誕生に関する文章を一読すると、明らかに違和感のある内容が記載されている。AACKにとっても雪山讃歌誕生の真実を探る良い機会であり、嬬恋村には依頼には出来るかぎり協力し至急調べて回答する旨の返事をした。

雪山讃歌は、「オーマイダーリン・クレメンタイン」のメロディに故西堀栄三郎とその仲間が歌詞をつけたものであることがよく知られており、雪山讃歌誕生の経緯については、AACKNewsLetter13号に弊会元会長故高村奉樹が寄稿した文章「雪山讃歌の歌詞著作権由来記」に詳しい。これに加え、さらに、AACK理事会メンバーと滋賀県の西堀栄三郎記念館「探検の殿堂」の角川澄江学芸員にも協力をお願いし、出来る限り多くの雪山讃歌誕生に関する資料を集めてみることとした。

酒戸彌二郎「雪山讃歌の作者」文芸春秋昭和35年5月、四手井靖彦「雪山讃歌と鹿沢温泉」桑兪1号平成19年11月、西堀栄三郎「雪山讃歌を作詞したころ」山と高原昭和36年1月、元ナミ「雪山讃歌とエルダー先生」京都大学大学文書館だより32号2017年、西堀選集1、2、「歌のあるばむー雪山讃歌」読売新聞昭和57年12月12日、「うた物語名曲を訪ねてー雪山讃歌」読売新聞平成13年2月11日、鹿沢温泉紅葉館主人小林大助氏より西堀氏に宛てた雪山讃歌碑文の揮毫の依頼の私信、等々、貴重な資料が集まった。

案内看板案の文章には、「京都大学山岳部にいた西堀栄三郎氏」との記載があった。そもそも雪山讃歌が作られた昭和2年1月当時、京都大学山岳部はない。あるのは京都帝国大学旅行部であるが、その時の西堀の立ち位置は、資料から推測するに、旧制第三高等学校山岳部OBであっただろう。実際、西堀の「山と高原」の文章に、「それを受け継いだ三高山岳部の若手連がいつとはなしに歌いなれ、それを三高の校歌集に組入れた。」との記載がある。続いて、「そして誰かが雪山讃歌という題をつけた。何代かを経ていたので、読人知らずとして。」とある。

また、案内看板案には「下品にならない、山男の気持ちを率直に表現する、すっきりとした誌にする、との三つの申し合わせをして各自が作詞に取り掛かった」との記載があった。しかし、西堀の文章にはこのようなことは一切書かれていない。共同作詞者の一人酒戸の文章にもない。実際の鹿沢温泉紅葉館の作詞の現場ではこのような堅苦しいものではなかったように思う。このような記載は唯一昭和57年の読売新聞の記事に見える。西堀の「山と高原」の文章には、「わたしをはじめこの連中は、およそ文才のない奴ばかりである。別に誰に褒めてもらおうというわけではないので、でたらめな文句をならべたてた」とある。

そもそも、何故「オーマイダーリン・クレメンタイン」だったのだろう?酒戸の文章にしっかり書かれている。「メロディも西堀栄三郎の好みに従って、というより、それ以外のものを彼は知らないのであるが」と。元ナミさんの文章によると、「このクレメンタインは 三高在学当時、英語教師のエルダー先生から教わり、山岳部員はみんなよく歌っていたと語られている」とある。

嬬恋村には、9月3日に、明らかに事実と異なる点をコメントし、探検の殿堂提供の当時の西堀栄三郎の写真を添え、返信した。9月24日、ほとんど完成に近い修正案内看板案のPDFファイルが嬬恋村から送られてきた。内容はコメントに沿って修正されており十分に素晴らしい。若干の修正後、10月1日には最終版が完成し設置作業に取り掛かるとの連絡があった。

それから1ヶ月後、11月1日に再度、嬬恋村からメールが届いた。「10月12日の台風19号により看板設置予定地が被害を受けました。鹿沢に設置してある雨量計が485mmということで過去に例がない雨量となりました。その結果、周辺道路、電気、水道、電話などに甚大な被害を受け、固定電話が昨日復旧、また道路も何とか通行できるようになったばかりです。そのようなことで今年度の看板設置は困難な状況となりましたので、ひとまずご報告させていただきます。設置予定地の写真を貼付しますので参考までにご覧いただければと思います。」

嬬恋村には以下の趣旨のメールを返信した。「鹿沢だけでなく嬬恋村全域でも相当な被害が出ているとのこと、心よりお見舞い申し上げます。せめて、お怪我をされた方がなかったことを念じています。案内板の設置よりも、まずはできるだけ早く現状を回復されることをお祈りいたします。」


AACKNewsLetter13号より転載、会員新井浩氏撮影


台風19号通過後の雪山讃歌碑案内看板設置予定地、嬬恋村佐藤幸光氏より


謝辞:

雪山讃歌の碑案内看板の作成に尽力されAACKとの窓口なっていただいた嬬恋村佐藤幸光様には感謝いたします。資料の提供と貴重なコメントをいただいた「探検の伝統」角川澄江学芸員の他、弊会会員横山宏太郎氏、伊藤宏範氏、竹田晋也氏、松沢哲郎氏等多くの方に感謝します。